広島で就農を決意した二人が、海外でのブドウの研修も含めた、世界旅行に出ることにしました。
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イスラエル。
パレスチナとの領土問題で未だに争いが耐えない、アラブ諸国に嫌われている国。
そして、キリスト教とイスラム教とユダヤ教の聖地がある国。魅力的かつ恐ろしい国でしょうか。

ヨルダンの隣なので行くことにし、国境まで来ました。

まず問題があります。
イスラエルの入出国スタンプ等があると、いくつかのイスラムの国に入国拒否されるので、別紙に押してもらわないといけません。噂では、別紙にお願いしても、入国審査の担当官の機嫌や愛国心の具合で、無視され、パスポートに押されるのです。
また、テロ警戒のために、荷物チェックが激しく、2・3時間待たされるのも普通みたいです。私達は大きい荷物をヨルダンの宿に預けて、小さいリュック一つできました。

そんな話を聞いていたので、緊張してました。



まずはヨルダン側。テロの心配がないのか、人も少なく出国税を払い、すんなりと通過できました。

次にお互いの国境の間に5kmの緩衝地帯があるので、バスで移動し、イスラエル側にやってきました。


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イスラエル側の国境のゲートの写真。なぜかフランス語で「良い旅を」と書いてありました。

建物に入る前に、さっそく荷物チェックの列があります。10人ぐらいでしょうか。
自分らの番が来て行くと、リュックはエックス線検査に、ポケットの中身を担当官に見せるらしいので、前に出しました。
担当官は小銭入れを指差して、なんか言うので、中を見せます。また腹巻も指摘するので、同じように中を見せます。

入国時に、財布を怪しいと思われるのは初めてで、少し不愉快。というか、空港みたいに小物もエックス線にかければ、早いでしょと、思います・・・
リュックの中は特に言われず、すんなりと次の入国審査に行けました。

外国人専用のカウンターに行くと5人ぐらい並んでいます。女の担当官はいじわるという噂を聞いていたので、男の担当官の列に並ぶ事に。

いざ、行くと、うちらのパスポートを見るなり、日本語で「コンニチワ」と声をかけてきました。
この人は親日派か、ラッキーと思いました。
歩き方に書いてあった、質問をされます。イスラム圏に行った事があるとその理由を聞かれたり、イスラエルでは何日滞在で、どこに行き、どこのホテルに泊まるのか等です。
陽子と俺で、話が食い違っても疑われます。ここで怪しいと思われると、別室でさらなる聴取があるそうです。
陽子と打ち合わせをしてたので、マレーシアで何をしてたのかと聞かれたぐらいで、すんなり終わり、うちらは無事に入国できました。

ちなみに隣の女の担当官の列はなかなか進まず、何かで揉めてるのか、すごい時間がかかっていました。


私達は時間がかかったり、何か揉めると思っていたので、思ったより簡単に入国でき、
ホッとして国境から目的地のエルサレム行きのバスに乗っていきました。


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左がヨルダン 右がイスラエルの街の写真。
一見町並みが似ています。ただ街に着き、歩いて見ると、綺麗だったり、整備されていたり、イスラエルの経済力の高さが表れていました
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[2012/01/18 01:45] | イスラエル
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しげぷろ
入国の際、ポイントは服装では?薄汚い風来坊ではまず、尋問でしょう。出国スタンプの多さもチェック対象でしょうが、カップルは安全パイと想像します。小奇麗でいましょう。


陽子
しげぷろさん
恐い噂ばかり聞いていたので、あまりの簡単さに拍子抜けしてしまいました。時代が変わったのか、カップルだからか、もしくはこの日が金曜の午前中だったので、彼らは早く仕事を終わらして週末の休みに入りたかったのでは?と思いました。


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イスラエルに無事入国し、エルサレムに到着しました。
エルサレムの旧市街は1km四方の城壁で囲まれたエリアに、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の聖地がある、宗教的にとっても濃いエリアです。

到着した日は金曜日。
ちょうど毎週金曜日に、キリストが十字架を背負って歩いた道:ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)を、フランシスコ派の修道士達が行進します。
私達はとりあえず宿に荷物を置き、その日の行進に参加することにしました。

行進はキリストが有罪の判決を受けた場所からスタートし、十字架を背負って歩いた道を辿ります。
最初のスタート地点で行進が始まるのを待っていると、なんだか見覚えのある女性に声をかけられました。
その女性は、さっき荷物を置いてきた宿のオーナーだったのです。
宿では無愛想に思えた彼女は、非常に熱心なキリスト教徒だったらしく、その日の行進の間中私達の横で解説しながら回ってくれたのでした。

小雨の中行進がスタート。
雨の中でも熱心な信者達が行進について歩きます。

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行進は第1留から14留まで、1留ごとにそこで起こった出来事を黙想しながら辿ってゆきます。
キリストが十字架の重みに耐えかねてつまずいたところ。

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市街を500m程歩いた後、いよいよ聖墳墓教会の中に入ります。
この教会はキリストが十字架に磔にされ、息を引き取った場所に建てられたものです。

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最後の14留、キリストのお墓。

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スタートから1時間弱で、終点に到着です。
あまりキリスト教に詳しくない私達でしたが、1留1留出来事を追いながら歩く行進はとても興味深いものでした。
2000年前と同じ道が現在も残っているこの町の、歴史の深さを感じます。

さてそろそろ終わりという頃、宿のオーナーが私達に一冊の本とロウソクを手渡し、
「この後にこれを使うからね。」
と教えてくれました。
あれ、これでおわりじゃないの??

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この後、14留までの行進に引き続いて、修道士と信者の方達が教会内を本を読み、アーメンを唱えながら更に歩き続けたのでした。
もうこの場には単なる観光客は他におらず、アーメンを唱えるタイミングも分からない私達は、明らかに場違いなのでした。
途中で退散することもできず、本とロウソクを持って1時間半程ついて歩き、ようやく行進は終了。
信心深いオーナーの好意に感謝しつつも、予想以上の長さにどっと疲れてしまったのでした‥。

[2012/01/18 16:58] | イスラエル
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お久しぶりです。
あけましておめでとうございます。
(おそすぎ。)
見ていない間に自分が行ったことのあるマレーシアを行っておられたとは。
インドネシア料理は美味しいいですよね。
今は中東ですね。
イランが大変なことにならないうちに移動できることをお祈りしております。

イスラエルで多い車はやはりドイツ車?
アメ車?なんでしょう。
写真は来月に。


陽子
とさん
イラン情勢、ネットで調べました。イスラエルと戦争になるかもとのこと。先日訪れたイスラエルが戦争をするかと思うと、心が痛いです。もうすぐエジプトに行き、そこで中東は最後ですが、ニュース気をつけて見ておきます!
現在イスラエルを出て再びヨルダンです。イスラエルの車、どこ産か見てなかったです‥。イスラエルはドイツに対して恨みを持っているのでは?と思いますがどうでしょうか‥。車確認できず残念です。


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エルサレムの旧市街の内外には、イエス・キリストにまつわる場所が数多くあり、そういった伝説の場所には教会が建てられています。
今日は昨日回ったヴィア・ドロローサ以外の教会を巡ることにします。

旧市街の東側、オリーブ山を訪れました。
旧市街の東側の城壁の門、聖ステパノ門を出ると、谷を挟んだ向こう側に小高い丘があります。
その丘がオリーブ山で、斜面に教会が沢山建っています。
谷を渡ってまず最初に現れるのが、「万国民の教会」。

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この教会の横には古いオリーブの木がある、ゲッセマネの園があり、イエスが祈りのために頻繁に訪れた場所だそうです。
イエスが磔に処せられる前の最後の夜を、ここで過ごしたそうです。
オリーブの木は太く、何百年もの歴史を感じます。
イエスの時代から何世代も、大事に受け継がれてきたものなのでしょう。

オリーブの丘を更に登ると、「主の泣かれた教会」があります。
エルサレムの滅亡を予言し、涙したイエスの涙をかたどった教会。

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この時教会の中は黒人の団体で一杯でした。
昨日の聖墳墓教会にもエチオピア教会の一角があり、黒人の修道士を見かけました。
キリスト教は世界中に浸透しています。

オリーブ山の頂上付近。
「主の祈りの教会」
教会の中には世界各国の何十カ国もの言葉で、イエスの祈りの言葉が書かれています。

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オリーブ山から旧市街を眺めます。

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間にある谷(写真手前)には、ユダヤ教徒の古いお墓が建っています。
旧市街の中で一際目立つ金色のドームはイスラム教の聖地、ムハンマドが昇天したという場所に建つ「岩のドーム」。
世界中でこんなにも小さなエリアに、複数の宗教の重要な聖地が密接したエリアは他にないと思います。
そして重要な場所だけに、争いの歴史をもつ場所。
平和を求めて生まれた宗教が、争いの種になってしまう。
その矛盾が最大に現れている町です。

[2012/01/18 22:51] | イスラエル
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エルサレムに来て二日経ち、ユダヤ教関係の場所に行ってたので、今回はそれについて書こうと思います。

まず聖地に行く前に「一つの土地に二つの民:マルチンブーバー著」というパレスチナ問題の興味深い本が、宿にあったので、読んでました。

マルチンブーバーというユダヤ人が感じた事を、ホロコースト前の移住当初1910年ごろから、1960年ぐらいまで書いてある本です。その内容に衝撃を受けました。パレスチナに強引に移住すると、アラブ人に反発を受ける事を1910年代の当初から、主張しているのです。
そして欧米中心の国際社会の指導の下パレスチナに移住すると失敗するからしてはいけない。迫害の歴史を知っているユダヤ人は、アラブ人と欧米人の仲介者になれる等など。時間がなくまた難解な本なのでそんなに読めませんでしたが、イスラエル側の裏話がいろいろ書いてあって興味深い本です。
気になる人はご自分でお調べ下さい。リンクだけ貼っておきます。
http://www.msz.co.jp/book/detail/07177.html
今のイスラエル政府の態度やアラブとの関係の悪さを思うと、こんなユダヤ人が昔にいたのかと信じられないです。

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移動に使った路面電車の写真。アジアの途上国では見なかった近代的な機械!!


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またバスターミナルの建物は、入るのに、荷物チェックを行い、テロに警戒しています。
そのせいで、外に向かって長い行列があります・・・

まず最初に行ったのが、ヤドヴァシムという、ドイツ人によるホロコーストの虐殺の博物館です。
写真や図を使い、いかにユダヤ人がナチスから迫害を受けたのかを、説明しています。強制労働と少ない食料のせいなのか骨と皮のような人が映っていたり、目を背けたくなる写真もあり、本当に残虐です。すごい量の展示なので、英語がもっと分かれば、興味深いと思います。
少し驚いたのが、ユダヤ人の悲劇を決定付けたホロコーストの博物館が入場料が無料で、シャトルバスも無料で出ていました。
日本も戦争記念館と称して、なぜ日本が戦争に突入し、日露、東南アジアで、第二次世界大戦とどのようにして勝ち、どのようにして負けたかわかる記念館があればあれば、良い勉強になるのにと思いました。


次にダビデ王の墓。
中に遺骨など本物が入っているかどうかはわかりませんが、二千年前の神格化している人物の棺があり、質素な作りに、意外な気がしました。
すいませんが、写真が撮れる雰囲気ではなかったので写真はないです。

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ただダビデのお墓の二階あたりにイエスの最後の晩餐の部屋がありました。なんとなく絵と似ています。


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死海写本(ユダヤ教の一番古い教本)の博物館の写真。
見つかった遺跡を模して作っているそうですが、イスラム教のモスクにも見えるし、白い玉ネギにも見えます。


嘆きの壁。
誰もが知っているユダヤ教一番の遺跡。

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左が男性側 右が女性側の写真
2000年前のユダヤ教全盛期の神殿の外壁の名残だそうです。沢山の人が祈っています。

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黒づくめの服装がユダヤ教の証で、さらにもみ上げを伸ばす事も献身的なユダヤ教の信者の風俗ですが、それはしていない人が多かったです。
現代の価値観にあまりそぐわないからでしょうか??


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夕暮れ時でも祈る人が絶えなく、人目をはばからず、何回もおじぎするように頭を上下させながら祈る姿は、信仰の深さを感じさせ、私達が場違いだと感じてしまいます。



歴史の中で、為政者と一般市民の間にどのような考えの相違があったかはわかりませんが、迫害を受けてきてた歴史、そして今あるパレスチナへの強行政策。
教義的に許されるものなのか。報復合戦を繰り返しているような現実。
熱心に祈っている人にはどう映っているのか気になりました。、


[2012/01/20 03:22] | イスラエル
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エルサレムから南に約10km、バスで30分程のところに、イエスの生まれた町・ベツレヘムがあります。
ベツレヘムはパレスチナ自治区の領域です。
外務省の安全情報では、ベツレヘムには「渡航の是非を検討して下さい」が出ています。
(2008年版ガイドブックの情報。後で調べたところ、現在は「十分注意して下さい」に変わっていた。)
渡航の是非‥。ないと言えばないけど‥。
少しドキドキしながらも、パレスチナ自治区に入って見たいという好奇心もあり、この町を訪れる事にしました。

エルサレムからベツレヘムへの行きのバスは、途中検問もなく、スムーズにベツレヘム領内に入る事ができました。
大きな壁で隔てられたベツレヘムの町の景観は、イスラエル側とあまり変わらないような印象です。
石畳の道の両側に土産物屋や商店が軒を連ね、多くの人が通りを歩いています。

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生誕教会の前の広場の、大きなクリスマスツリー。さすが本家本元、でかいです。

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教会の高い外壁は、まるでお城の城壁のようです。
外壁の一角に小さな穴があり、ここが入り口です。背の低い私でも腰をかがめる小ささ。

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入り口をくぐると、内部は天井の高い、広い空間になっています。
上部の窓から朝の光が差し込み、教会の美しさを増していました。

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イエス生誕のジオラマ。
家畜小屋の飼い葉おけの中に寝かされたイエス。

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イエスの生涯には数々の信じられないような奇跡のエピソードがありますが、飼い葉おけの中に寝かされる姿には、より真実味を感じます。

生誕教会の隣にある、ミルク・グロット。
マリアの母乳が数滴こぼれて、洞窟が白色に染まったという伝説がある場所。

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ベツレヘムには2時間程滞在し、足早にエルサレムに戻ります。
行きはノーチェックでベツレヘムに入れましたが、帰りは検問所でパスポートと荷物チェックを受けなくてはなりません。
境界の壁と、検問所へ向かう道。

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パレスチナのテロを警戒しての厳重なチェックなのでしょうが、高い壁を作ったり、検問所を作ったり、一方的で強硬なイスラエル側の姿勢には、疑問を感じます。

エルサレムに戻り、そのままイスラエルを出国してヨルダンに戻りました。
ヨルダンに戻ってから、イランとイスラエルの関係が悪化して、戦争になるかもしれないというニュースを見ました。
イスラエルの町では、軍服を着て銃を下げた若者の姿を多く見かけました。
若い女性もたくさんいました。
戦争が身近にある国。
悲しい過去を持つこの国に、未だに平和が訪れないのは何故なのでしょうか。
敬虔な宗教徒が多いこの国に、心の平安が訪れる日はまだ遠いのでしょうか。

[2012/01/21 14:24] | イスラエル
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