広島で就農を決意した二人が、海外でのブドウの研修も含めた、世界旅行に出ることにしました。
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パラグアイに朝5時ごろ入国し、経由地のエンカルナシオンにやって来ました。

土が赤茶色で、赤道に近くなり熱帯地方に移動してきた実感がします。

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当初はここで、世界遺産に選ばれているトリニダー遺跡へ行くつもりでした。
(トリニダー遺跡は映画「ミッション(宗教使節の話)」の舞台みたいです。南米に来る人は事前に見ておくと気分が高まると思います。)
しかし、天気はあいにくの小雨。露天の遺跡なので、濡れるのはしんどい。なので、行くのやめました。

次に向かったのは、他のある旅人曰く「南米1居心地の良い宿-ペンション園田」です。
日本人がよく集まる宿なのですが、そんな話を聞いていたので興味を持っていました。

エンカルナシオンを出て、バスでペンション園田に向かっているとなんと天気が、崩れてきました。そしてやはり大雨に。。。バスから降りたくない。でも降りないと仕方がない。旅行中に何回こういう目にあったかわかりません。
バスから降りるまでに雨は止まず、びしょ濡れになりペンション園田に着きました。



ペンション園田は、戦後パラグアイに移り住んだ日本人集落(イグアス居住地)の中にあります。
受付を済ませて、ここは何が良いのか見つけようとしました。



一番惹かれたのは、壁にここで売っている商品が書いてありましたが、日本米、味噌、そしてなんとアズキアイスとあるのです。
アズキアイスを後で食べましたが、手作りとは思えないほど美味しく、久しぶりのこの味に感動しました。

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次に洗濯機無料。旅行中は手洗いが多いので、無料は惜しみなく洗濯できて最高です。

日本語の書籍の多さ。ここは何故か少女マンガやコバルト文庫系に偏っていたのが面白かったです。


近所の人がいろいろ物を売りに来ます。パンやお弁当、豆腐、油揚げ、そして胡麻プリン。この胡麻プリンも超美味しかった☆

農協(スーパーの事。)に行けば、日本の物が食べれました。シシトウ、ニラ、お餅、大福、あと納豆。この納豆も最高!!日本米もここで販売。

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また居心地の良さについては、その時の泊まっているメンバーで決まると思います。
そしてシンタロウさんと言う方が、なんと料理が好きで毎日晩御飯を作ってくれてみんなと一緒に食べるのでした。
初日は炊き込みご飯とチゲ鍋。次の日からはシチュー。広島風お好み焼き。以前はエビチリやチキン南蛮等も作っていたそうです。シンタロウさんが去ってからは皆で麻婆豆腐、豚汁、しょうが焼き、肉じゃが等です。そして食後にさきほどのアズキアイスを食べるのです。

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ご飯の事をたくさん書いてしまいますが、南米でここまで食に恵まれたのは初めて。最高としか言うしかない。


日本人の象徴。鳥居。イグアス居住地の公園にありました。

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イグアス居住地内の道と夕日

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ペンション園田が居心地が良いのは間違いない。メンソーレ ペンション園田☆
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[2012/04/23 00:53] | パラグアイ
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ご無沙汰ですですです
takuya
藤旅館もペン園も最高でした。
楽しい時間をありがとーーーーーー!!!

Re: ご無沙汰ですですです
youkokenji
Takuyaさん

禁断のダハブゲームを教えてもらって、最高に楽しかったです。
ブッブッブエノ!!


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世界で1番大きかったダムがブラジルとパラグアイの間にあるので行ってきました。今は何位かは分かりません。

宿を朝8時に出て約2時間程かけて行きました。
このダムの会社は水力発電を行っており、ブラジルとパラグアイの合同事業で、歩き方によると、発電機をブラジルと半分ずつ分け合っているのですが、パラグアイ所有のうち20%の出力でパラグアイの全電気をまかなう事ができるみたいです。

さっそく会社に入って受付に行きます。
思ったのは、玄関が綺麗。そして超涼しい。

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昨日から、パラグアイに入り蒸し暑かったので、天国みたいな場所でした。パラグアイの中で超優良企業で電気も使いたい放題なのでしょう。見学ツアーが始まり最初にビデオがありました。しかしフカフカの椅子、涼しさ等、あまりの快適の良さにすぐに寝てしまい、全く覚えておりません。

その後、バスに乗りダムを見学する事に。
確かにでかいです。写真ではこのスケール感は伝わらないと思います。

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発電所の内部に。

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以前の仕事で、発電所の中に入った事があるのですが、なんだか雰囲気が似ています。


いつの情報かわかりませんが、発電効率を比べてある表を見つけました。下のkwあたりの面積ではかなり優秀です。他のダムの何倍もの効率です。

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以前、日本の黒部ダムに見学に行きました。高度成長期の国家的事業。日本の技術どっちが効率が良いのかは詳しくはわかりませんが、発電するタービンの数(イタイプ20)、タービンへ導くパイプの太さは段違いにイタイプの方が大きく、日本負けています。

日本のダムで、水力発電で自然エネルギーを利用とか言っていますが、ここを見ると発電効率が悪く地元への無駄な公共事業の意味合いが強いのではと思ってしまいました。(憶測です。)


ダムの堤防からの風景。

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続いて、奮発してヘリコプター遊覧。窓が開いているので危険で緊張

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てのは嘘です。。。そんなのに行けないです。。。写真パネルでした。

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この事業はブラジルとパラグアイの合同事業です。ガイドの人がいろいろ言っていましたが、やはり建設時にはいろいろ揉めたそうです。
いろんな人の利権に絡み、それも国家を超えての争い。ブラジルとパラグアイ物価が全然違います。
タービンの数や、設計、物資の調達、土地の買収、労働者、両国の水没地への補償、1国でも大変なのに、国を越えて行うので、困難な事が多すぎます。
誰が、どのように、どうやって、この事業を成功させたのかわかりませんでしたが、途上国が経済発展するヒントがあるように思いました。


続いていったのが、イタイプダムの博物館。ダムから少し離れていて30分かけて歩いて行きました。


歩き疲れて、英語を読む気になれず、内容はよくわからなかったです。
ただ良かったのが、アートのような館内。そして冷房の良さ。

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原住民の写真。ダムによって移転を余儀なくされたのでしょうか。

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続いて行ったのが動物園。ダムによって水没される前に救出した動物を展示しているみたいです。

熱帯でよく見る鳥、トゥカン(オニオオハシ)頭悪そうな所が好きです。

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猛禽類。かっこいいですね

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あのプーマ。

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ここの展示物で少し変わったのがありました。
ワニの中に亀。野生のワニは亀を食べるのだそうですが、ここのワニは餌を与えているので、亀を食べないそうです。
おそらく硬い甲羅がめんどくさいのでしょう。相当腹が減っていたら、目の前で食べるところが見れるかもしれません。

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写真がないのが残念ですが、アナコンダの檻の中に、なんと一緒にウサギが入っていました。
ウサギの役割は餌!!。今は一見仲良く一緒にいましたが、アナコンダは1週間に1度しか食べないそうです。
日本にあったら動物愛護協会が怒りそうですね。子供もこの弱肉強食の現実に泣いてしまうでそふか。
生でアナコンダがウサギを丸呑みするところ見てみたかったです。


帰りにバス停から夕日を見ました。イグアス移住地(パラグアイほとんどと言っても過言ではないかもしれませんが)建物が低く空が綺麗で素敵でした。

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[2012/04/24 00:58] | パラグアイ
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すなふきん
自分が子供のころは、アスワンハイダムが世界一だったと記憶します。
私GW今年も東北宮城にボランティアに行って参ります。高速無料申請をしたので、多少は安く旅できそうです


youkokenji
すなふきんさん。

ごぶさたです。
今は中国の三峡ダムが世界一とのことです。これに関しては不健全な裏話が山ほどありそうですね。。。
ボランティアですか、まだまだ日本は震災の後遺症があるのですね。。。


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土曜日、日曜日、限定でのイグアス移住地でのイベントがあります。

それはラーメン竹下がオープンするのです。しかも時間はお昼のみ。ラーメンを食べるのも日本以来初めて。

宿に泊まっている人9人ぐらいと雨の中、行ってきました。
店構えは特に看板もなく、こっちの普通の民家という感じ。ゾロゾロとみんな一丸となって、お店に吸い込まれていきました。

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メニューを見ると、ラーメン チャーシューメン、餃子、みんな日本語で書いています。

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私達はラーメンと餃子を頼みました。



料理が運ばれてきました。
ラーメンの味は本当に日本のラーメンでした。鶏がらベースの醤油味でしょうか。

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餃子も餃子のタレがあり、ケチャップ、マスタード文化とは違う味。嬉しくて仕方がなかったです。


ここのおばちゃんは旅行者にとても慣れていて口がうまく商売上手でした。
食後のデザートの宣伝を受けて、陽子が買ってしまったのは、抹茶のロールケーキ。他の人はどら焼きやアズキバー等を頼んでいました。日本のデザートばかり。

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長い間旅行している旅人の心を掴むのが上手すぎます。ついつい買ってしまうのでした。。。

[2012/04/25 00:45] | パラグアイ
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南米でいつか行ってみたいと思っていたカジノ。イグアス移住地にもあると聞いて、陽子をおいて同じ宿の人カツキ氏とタクヤ氏の2人と一緒に行ってみました。

カジノを外から見ると、店は小さいですが、壁にルーレットの写真が張って、ポーカー・スロットとか書いてあり、窓がなくて中が覗けない作りになっていました。

しかし入るとビックリ。まず5m×5m程の予想を超えた小ささ。また店の外の写真にあったルーレットはありません。そしてディーラーもいなく、南米にどこにでもいる少し太めのタンクトップを着た女の子の店員が退屈そうにいるだけでした。


ポーカーはどうやってするのと思うと、ビデオゲームだったのです。(日本の大きなゲームセンターの端っこにあるタイプです。)そしてスロットは、現地のスロットと、驚いた事に日本のスロット両方あったのです。

掛け金はおよそ200円単位(10000グアラニー、その他詳しい情報はペンソノの情報ノートに書いておきました。)

まずはカツキ氏がポーカーをしたので、後ろから見ます。役を取った後、ダブルアップで稼いでいくのでしょうが、なんだか増える気がしません。

次に俺は、まずは現地のを楽しもうと現地のスロットをしました。お姉さんが説明してくれますが、これもよくルールがわからず、演出もいまいちで増える気がしません。すぐに200円を使ってしまいました。
こっちの南米のスロットやポーカーだから、プログラムのイカサマやあからさまな偏りがありそうで、やめました。

そして日本のスロットへ移動。
置いてある台は「天地を食らう」「ハードボイルド」です。2007年2008年発売の5号機です。綺麗な液晶だし、日本語で喋っていて本物っぽい。

南米でいろんなゲームセンターを見て回ってましたが、日本産の格闘物、銃撃物、レース物の筐体はよく置いてありましたが、スロットを見るのは初めてでした。
お店のお姉さんは遊び方が良くわからないと言っています。どういう経路でここまで来たのか不思議です。

まずは「ハードボイルド」に200円投入。200円で100クレジット。日本で言うメダル1枚2円になります。100クレジットは何事もなく終了。

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いろいろしたかったので、次に「天地を食らう」をしました。

そしたら、すぐにボーナスを引きました。困ったのがボーナス中に演出があり、何かを押さないといけないのですが、どうしていいかさっぱり分かりません。
同じところを打って、出目と演出の反応を見極めようとしますが、わからず不安になります。日本だったらすぐに携帯で調べてどうにかなるのにと、悔しくなります。
ボーナス後は変なモードに入り、なんだかんだと続き、1400クレジットゲットしました。

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他の二人も日本のスロットに来て打ち始めました。タクヤ氏がボーナスを引きました。タクヤ氏はスロットの経験がないせいか、7を揃えられずにいます。
なので俺が7を揃えてあげる事に。日本でよく見る光景だし、そういえばスロットを会社の先輩から最初に教えてもらったときの俺もこんなんだったと思い出します。

ハードボイルドもボーナス中もその後も演出があるのですが、どうしていいか分かりません。
何もわからないのでアドバイスできなかったのですが、あれよあれよと続いて、1撃で2600枚以上も出し、タクヤ氏のビギナーズラックすげえとただ思うのみでした。
というか、お姉さんは設定とか適当にしているのでしょうか??

俺がタクヤ氏が終わるのを待つため、打っているとクレジットはどんどん減り、収支は400円プラス。カツキ氏は600円マイナスぐらいでタクヤ氏は4800円ぐらいのプラス。

換金の時になり、お願いすると、タンクトップのお姉さんが財布を出して直接くれました。
パラグアイの平均賃金がわかりませんが、こんな小さい店で客も少なく、金持ち日本人の旅行者が勝っていいのか気の毒になります。
お金をもらう時、お姉さんが不愉快に思っていないか、目を合わしにくかったです。


宿の皆に勝利の報告をし、皆に一本お酒を買っていきました。

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めちゃくちゃアルコール度数が高くてきつく、誰かが火がつくと言ったので、火をつけると本当に火がついていました。

いや~今日は久しぶりで楽しかったぁ☆

[2012/04/26 00:57] | パラグアイ
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パラグアイのペンション園田を起点にして、アルゼンチン側のイグアスの滝まで、日帰りで行ってきました。

イグアスの滝はブラジル・アルゼンチン・パラグアイの3国の国境付近にある滝で、世界3大瀑布の一つに数えられる大きな滝です。滝はブラジル側とアルゼンチン側から見ることが出来ますが、一番迫力があると言われるアルゼンチン側を目指すことに。

イグアスの滝の観光は、通常はイグアスの滝の近くの町(アルゼンチン側とブラジル側の2箇所)に一泊して、丸一日かけて国立公園内を見て周るのが一般的なのでしょうが、パラグアイの国境付近の宿に滞在していた私達は、パラグアイから日帰りでイグアスの滝を見に行くスケジュールを立てました。

そしてこのルート、パラグアイからアルゼンチンに行く間にブラジルを経由しなければならないので、パラグアイ→ブラジル→アルゼンチン→ブラジル→パラグアイと、一日に3カ国を行き来するというコース。バスの乗り継ぎや帰りのバスの時間、アルゼンチンとの時差を考えると、イグアスの滝の滞在時間は4時間程です。

朝6時に宿を出発。まずはパラグアイ国境の町へ行き、アルゼンチン行きのバスに乗り換えます。
アルゼンチン国境で入国手続きを済ませ、アルゼンチン側の町・プエルトイグアスに到着。そこから更に国立公園行きのバスに乗り換え、移動だけで4時間もかかってようやく公園に到着しました。
ここからは急ぎ足で園内を見て周ります!

まずは予約していたボート乗り場へ向かいます。
公園内はとても広く、電車が走っているほどです。一つ目の駅まで電車に乗り、そこからボート乗り場まで歩いて向かうのですが、結構距離があって迷ってしまう程でした。

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初めて見えたイグアスの滝。まだ滝までは遠いですが、それでも迫力あり。

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やっとボート乗り場を見つけ、乗船。幸い待ち時間もなく、スムーズに乗れました。
先にボートから降りてきた乗客達がずぶぬれだったので、どうなるのかドキドキしてしまいます・・。
ボートツアースタート!!

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遠くから見ていた小さな滝も、ボートで近づくと水しぶきが飛んできて、迫力を感じます。
まず小さな滝に近づき、乗組員の合図と共に、しぶきの中へ!
頭から水を被り、すでにビショビショです。しかし同時にお客のテンションも上がります。

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次はお待ちかね、大きな滝の、もうもうと上がる水しぶきの白煙の中へ突入!!
もはや何が何だか分かりません。体の回りのあらゆる方向から一斉に水が叩きつけてきます。視界は真っ白。というか目を開けてられません。
数秒でボートはしぶきの外へ脱出。
しぶきを抜け出ると乗客たちから自然と拍手が沸き起こりました。妙な達成感と一体感。ボートツアー楽しいです!


ボートから上がると、それまで曇っていた空に、ようやく日の光りが少し差し込みました。
楽しみにしていた、滝にかかる虹の光景。

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園内の歩道は森の中を続く気持ちのいい小道です。
そこには見た事のない鳥や、ハナグマ、川の中には大ナマズなど、動物がところどころに登場して楽しめます。

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さてここでのんびりしたいところですが、時間がないので足早に先に進み、一番迫力のあるポイント「悪魔の喉笛」を目指します。
電車の駅まで戻り、2つ目の駅に向かいます。残りの滞在時間はもう後1時間。
駅から滝まで長い遊歩道を歩きます。人が多いので走ることもできず、焦りながら進む事20分。
悪魔の喉笛に到着しました。

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このスケール、迫力、今までに見た滝とはレベルが違います。
一瞬一瞬大量の水が目の前を流れ落ちていきます。
水が作る流線は絶えず形を変え、その美しさにうっとりと見惚れてしまいました。
流れ落ちた水のしぶきが細かな霧を作って、幻想的な光景が広がります。
いつまでも見ていたい・・。
しかし悲しい事に私達には時間がない・・・。

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この最大の見所の観光時間5分程で、帰路に着かなければならないのでした。
これからイグアスの滝に向かわれる方は、ぜひ滝の付近に一泊して、心行くまで滝を鑑賞される事をお勧めします。

[2012/04/26 01:00] | パラグアイ
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西マナ
わあ、パラグアイからとはご苦労さまでした。。

観覧じゃなくて突入なのね。ど、土石流みたいなもんかしら?
氷河から一気に熱帯まで来たかと思うと面白いです。体調気を付けてね。




陽子
西マナさん
氷河から熱帯へ、そして今はラパスの高地に戻ってきて再び寒さに震えています。こう変化があると、風邪ひきそう・・。

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南米の日本人宿を周り、情報ノートを見ていると、ブラジルの弓場農場は良かったというコメントをよく見ました。そしてそれはここペンション園田でも。
これは果てさて、なんぞやと思いインターネットで検索してみると、興味深いものでした。

まず弓場と書いて「ユバ」と読みます。

ブラジルに移民した人達の一つの集落の農場なのですが、創立者の弓場勇さんの名前を取って弓場農場だそうです。

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一言で言うと、集落共産主義的な農場。

集落内で個人的な資産を持たず、皆でご飯を作り、みんなで働いて、みんなで苦楽を共にする。そして夕方には皆で絵画やバエレ等の芸術活動にいそしむらしい。
現代において一風変わった仕組みを持っている団体だと思いませんか?

30年前ぐらいから、日本の農業界では個別農家をやめて、集落内で集団営農しようという取り組みを始めています。
私達が所属することになる東広島の農場もそうなのですが、ちょっと志向が違いますが、戦前から集落営農を始めて、今日まで続いている団体、気になります。

私の言葉だけで言い表す事が難しいので、弓場のホームページを見たり、他の人の滞在記を検索してみて欲しいです

弓場のホームページ
http://brasil-ya.com/yuba/perfil/perfil.html


気になる記事
http://www.nikkeyshimbun.com.br/nikkey/html/show/100626-a2colonia.html


興味深いのは、何故このような仕組みが出来上がったのかということです。
ネットで調べてみるといろんな事が出てきます。

最初の移住は1926年と第二次世界大戦前。

弓場家は幕末に緒方洪庵をかくまったことがあったり、緒方洪庵つながりで弟子の福沢諭吉が作った初期の慶応義塾に入っていたり(こららは弓場勇氏の祖父の話。その祖父から影響を受けたらしい。勇氏の弟談)、
農場は武者小路実篤や新渡戸稲造とも何らかの関わりがあったりと歴史の偉人と接点があったりしてます。

弓場勇氏はキリスト教だったり、トルストイを全部読み漁っているといたりと、戦前の行動力のあるインテリでしょうか?
士農工商の身分制度が終わり、ブラジルに来て、貧富の格差を越えて人間みな平等という理想を実現していったんだと思います。




とにかく興味ある方、調べてみて下さい。面白いです。




そんな訳で、当初行く予定のなかった、ブラジルへ行く事にしました。

ブラジルは南米で唯一ビザがいるので、ビザを取りに行く事に。

朝5時に宿を出て、アルゼンチンからペンション園田に来る時に寄ったエンカルナシオンへ戻ります。

エンカルナシオンの大使館は、審査が甘いという事で旅行者の間で有名です。
日本にいると信じられないかもしれませんが、必要書類や値段が各都市の大使館によって違うのです。

ブラジル大使館に着くと、すでに日本人の方がいました。さらに手続きをしていると日本人が来て、合計3組に会いました。
他の国の人は1人しか見かけなかったので、日本人率の高さは異様です。

2日前にここに来た人から必要書類はないと聞いていたのですが、審査を受けると帰りの航空券が必要と言われました。
おかしいと思い、私たちより朝早く手続きをした日本人に聞くと、帰りの航空券はいらなかったみたいです。

私達の後に来た人も、帰りの航空券が必要と言われています。何故かわからない・・
私達の数時間前に制度が変わったのか、怪しまれたのか、そもそも私達より朝早い人の髪型はアフロヘアー、私達より妖しいはずなのに航空券必要ないとは、納得しにくい。
だだをこねて、さらに反感をかっては仕方がないので、インターネットでチケットを手配しました。

久しぶりのレストランでの昼食280円程度と安い。

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しかし、炭水化物とたんぱく質ばかり。。。やはり日本食の方がいい


手続きに時間がかかったので帰りは遅く、19時過ぎに。

弓場農場。今後の私達の農場人生に影響を与えうるのか、今から楽しみです。

[2012/04/27 00:20] | パラグアイ
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ペンション園田に着いて町を歩いている時に、ふとあるチラシが目に入りました。
来週うどん屋がオープンというチラシが目に入ったのです。

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そしてなんだかんだと1週間滞在して、その日を迎えたのです。

またまた宿のみんなと9人ぐらいと行ってきました。


味も麺も関東風。やはりコシのある讃岐うどんが一番でしょうか。

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またここでの思い出は昆虫抜きには語れません。

ある朝、いつのまにか体長8cmぐらいのでっかい蛾が私達の部屋に侵入していたのです。
あれを追い出すのには往生しました。


またある夜中にトイレに行くと、トイレの隅にゴキブリが。。。用を足して途中なので動けず、こっちに来ないでくれと恐怖を感じました。


また陽子がリビングルームのソファーで漫画を読んでいると、隣に座っている女性が陽子の足の辺りを見たのか悲鳴をあげました。

陽子もうすうす何かが這っている気配を感じてたらしいのですが、悲鳴と同時に見るとなんと





ゴキブリ。。。。



すぐにゴキブリはソファーに移り、俺は這っている所を見ていないのですが、想像するだけでもおぞましいです。
このあと男性陣でジャンケンし、ゴキブリを退治しました。



最後に、俺がある早朝に起きた時ですが、昨日の晩に読んだ本を本棚に返そうと、薄暗い本棚の部屋に移動しました。本を棚に入れる際に一歩足を前に出したら、何か踏んだ感触が。
それを気にせず、新しい本をしばらくし物色し、先程の感触が気になったらから、電気をつけてみると、





ゴキブリが潰れていました。



なんとピンポイントであいつを踏んづけていたのです。あまりの事実に、いまさら騒いでも何も変わらないし、落ち着いてブルーになります。早朝なので周りに誰もいないし、一人で本当に哀れです。

ある意味、こんだけ虫がいるのは、昔の日本家屋みたいでしょうか。
こんな目に私達は会いましたが、それでも旅行者には魅力あるお勧めの宿と言い切れます。

町を歩いていると、地面の上にたくさんの黒い昆虫が歩いています。

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意外にレアなのかもしれません。



1週間もいてやる事をやり、そしてついに去る時がきました。
すごい名残惜しい旅立ちです。最後のご飯はシシトウとニラをチョイス。しばらく食べれなくなる日本食材も非常に残念です。

いろいろリフレッシュできたので、がんばって旅行していきます。


[2012/04/27 02:13] | パラグアイ
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以前キリマンジャロ登山をした時に、とても元気に登山しておられた、マツナガさんという男性に出会いました。
お年を尋ねると、なんと70才をこえておられるとのこと!
私が70才になったときに、同じようにキリマンジャロに挑戦する気持ちと体力を持ち続けていられるだろうか?正直言って自信がありません。

キリマンジャロに登頂して下山する道すがら、マツナガさんはこれまでの人生についていろいろお話して下さいました。
マツナガさんは17歳でパラグアイに移住し、食料品、レストラン、製材業を経営、その後42歳で日本に戻って商店を経営し、55歳でカナダに移住し日本食レストランを経営と、
なんと3つの違う国でそれぞれ商売に成功した方なのです。
私達も帰国後、農業の分野で商売をしていかなくてはなりません。
「商売成功の秘訣は何ですか?」と聞くと、「利益を出しながらかつお客さんに喜んでもらう事。」と素敵な笑顔で教えてくれたのでした。

そんなマツナガさんがパラグアイで住んでいた町が、パラグアイ北東部にある、ペドロフアンカバレイロの町でした。
パラグアイからブラジルに抜けることにした私達は、ブラジルと国境を接したこの町を通って行くことにしました。

ペドロフアンカバレイロの町は商店が沢山建ち並んでいて活気がありました。
ここはブラジルと国境を接するため、物価の高いブラジル側から物価の安いパラグアイ側に沢山の買い物客がやってくるのです。

まずは日本人会館を訪ね、マツナガさんの親戚であるサトウさんのお家の場所を聞いてみました。

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対応してくれた女性はマツナガさんのこともご存知だったようで、快くサトウさんのお宅に案内してくれました。
そしてサトウさんのお宅は、ちょうど日本人会館の斜め向かい。

サトウさんは大きな商店を経営していて、お店には買い物客が沢山来ていました。
2階の事務所に通された私達は恐縮してしまいました。
何のアポも取らずにやって来てしまったけれど、サトウさんは仕事で忙しそうだし悪い事をしてしまった・・。

しかしサトウさんは突然の訪問にも関わらず、パラグアイでの生活や商売のことについていろいろとお話を聞かせて下さいました。

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パラグアイでは盗難事件は日常茶飯事に起こります。彼らには財産を築くという考えがなく、人のものをもらったり・盗ったりということに抵抗があまりないし、
また逆に自分のものもよく人にあげるのだそうです。
そんな中で商売をするために、サトウさんは従業員の教育や、店の防犯対策に力を入れてやってきたそうです。
お店の裏にあるサトウさんのお宅も、一見外からは見えないように建ててあります。
日本では考えなくてもよいような苦労がこちらにはあります。

しかしそんなサトウさんが、なぜパラグアイに住み続けることにしたのか?
それは、パラグアイでは、例え小さい店でも自分が経営者としてやっていけるから、だそうです。(実際のサトウさんのお店は小さくありませんが)
日本にいて雇われるくらいなら、パラグアイで自分でお店を経営していく方が良い。
このサトウさんの言葉に、以前お会いしたマツナガさんと同じ開拓者精神をみたのでした。

さてあまり長居しても悪いと思い、失礼しようとしたのですが・・。
なんとサトウさんはその後、私達の出入国手続きのためにパラグアイ・ブラジルのイミグレまで連れて行って下さり、その後昼食もご馳走してくれたのでした。
更に更に!!その日の夜ご飯に、日本食レストランにお寿司を食べに連れて行ってくださったのでした!!

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日本を離れて以来初めて食べるお寿司。まさに夢のような一時でした。
サトウさんのご親切には本当に頭が上がりませんでした。

そしてこの日、もう一つの嬉しい出来事がありました。
この日のお昼に立ち寄った日本人会館で、今日の宿をまだ決めていないと言うと、なんと日本人会館の宿舎に泊めてくださったのです。
日本人会館のオオイシさん、日本語教師のオオスミさん、青年海外協力隊のユメミさん。
今日一日で沢山の素敵な出会いがありました。
皆さんの優しさに、今の私達から何もお返しすることが出来なかったけれど、いつか誰かに私達も優しさをプレゼントしたい。
そんな風に、心がとっても温まった一日でした。

[2012/04/28 01:58] | パラグアイ
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