広島で就農を決意した二人が、海外でのブドウの研修も含めた、世界旅行に出ることにしました。
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イースター島では、キャンプミヒノアでテント泊のつもりで、リマからテント持参でやってきました。

憧れのイースター島でテント生活。
テントから朝日・夕日を眺め、夜には星空を見上げ、釣りをしたり、波の音を聞きながら昼寝でもしようか・・。

なんて、のんきに考えていたのですが。


リマからの出発時、フライトが天候不良のため2時間出発が遅れてイースター島に着いたのは朝8時頃。
この時もイースターにはまだ強い風が吹いていました。
なんだか不安のよぎるスタートです。

キャンプミヒノアに迎えの車で到着。
ここはキャンプ場のすぐ目の前に海岸が広がる、絶好のロケーションです。
天気さえ良ければ。
(天気が良い時の写真は下)

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この日キャンプ場から望む海岸は大荒れで、白波が海岸に砕けて水しぶきがキャンプ場まで飛んできます。

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テントを張り始めると、途中でミヒノアのオーナーが飛んできました。
「もうすぐ雨雲がこっちにやってくるから、急いでテントを張りなさい!」
慌ててテントを張り終えると、同時に雨が降り始めました。
そしてかなり強い雨と風。

聞いたところでは、昨日の夜は風雨が強すぎて、テント泊の旅行者は建屋内に避難するように指示が出たとか。
うーん、のんびりとしたテント生活のイメージと大分違う。


しかも私達にはもう一つ問題がありました。
リマで急遽購入した私達のテント、2人用で60ソル(1800円)の激安価格。
マット2つ、寝袋1つを合わせても合計3000円程の出費で、これは安いと喜んでいたのですが、やはり上手い話には裏があるのです・・。

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テントを開いて組み立ててみると、フライシート(雨よけのためにテントの外側に張るシート)には小窓がついており、マジックテープでとめる仕組みになっています。
この小窓が曲者で、強風が吹くと風にあおられてマジックテープがはがれ、パタパタ窓が開いてそこから雨がテントの中に降りこんで来るのです。
他の人のテントにはそもそもフライシートの小窓なんてありません。

一応小窓の部分を持っていたテープで目張りしたのですが、それでも強風が吹くとあおられて雨が入ってきます。
結局小窓を裁縫セットで縫いつけて雨を防ぎました。
使用者のことを全く考えていないこのテント。
安いものをうかつに買ってはいけません。

イースターでの1週間のキャンプ生活は、ほぼ毎晩強風と雨に悩まされ、安眠できない寝不足の日々なのでした。
現実は甘くない・・。
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[2012/06/06 07:07] | イースター島
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イースター島に到着した翌日、早速レンタカーを借りて島内のモアイを見て回ることにしました。
全長23kmのこの島には、島内の至る所にモアイ像があります。

まずは朝日が登るモアイポイントへ。

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15体のモアイが並ぶ、アフ・トンガリキ。
残念ながらこの日は雲がかかって朝日とモアイの光景は見れませんでしたが、それでも暗闇から段々浮かび上がってくるモアイは、迫力満点。
様々な顔を持つ巨大なモアイが立ち並ぶ光景は、本当に神秘的です。

島内には各所にそれぞれ特徴のあるモアイが立っています。
砂浜のビーチに立っているもの、帽子をかぶっているもの、目玉の入っているもの、モアイとは一風変わった正座した巨像など・・。

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そしてそれらのモアイが、時間と日のあたり具合が変わるにつれて、その表情を変えていくのです。
同じモアイも、朝見るのと午後に見るのとでは全く雰囲気が変わります。

全く神秘的なこのモアイ達には、いったいどんなストーリーがあるのでしょうか?


私はイースター島に来る前に、この島についての1冊の本を読んでいました。
『アク・アク』(トール・ヘイエルダール著)
1950年代にイースター島にやって来た、ノルウェー人の探検家が書いた本です。
それによると、この平和なイメージの島にはモアイにまつわる戦いの歴史があったそうです。


昔この島には、長耳族と短耳族の2つの種族がいました。
長耳族は耳にイヤリングをつけて人工的に耳を引き伸ばした人々で、モアイ像の長い耳はこの長耳族の姿を表しているのだそうです。
長耳族は短耳族の人々よりも上位の立場にあり、短耳族の人々に命じてモアイを作らせました。

モアイ作りの最初の舞台となる、モアイの切り出し場。

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今でも切り出し場の山の斜面には、沢山の作りかけのモアイが立ち並んでいます。

ここから切り出された巨大なモアイは、全長23kmあるこの島のあちこちへと運ばれていきます。

更に島の全く別の場所に赤い岩の切り出し場があり、そこから帽子用の岩を切り出し、これも遠い設置場所へと運んでいきます。

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クレーンなどない時代、巨大なモアイを遠くまで運び、台座の上に立たせるのは大変な作業です。
現在考えられているところによると、巨大なモアイを立たせるために、モアイの下に小さな石を沢山積み重ねて、寝ているモアイを徐々に立ち上げていったようです。
モアイ立ち上げの想像図。

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帽子は最後に頭に乗せられたのか?最初からモアイに縛り付けて立ち上げられたのか?どちらかは不明です。


さてこんな途方も無い重労働を課せられた短耳族はついに反乱を起こし、長い戦いの末、長耳族はほとんど殺されてしまったそうです。
確かに、今となっては神秘的な魅力に満ちた数々のモアイ達も、それを作らされる人達の身になってみればたまったものではありません。
モアイの切り出し場に残された、まだ作りかけの無数のモアイ達を見ても、この過酷な重労働が容赦なく指示され続けたことは想像がつきます。

かくして反乱は起き、怒った短耳族の人々によって、一旦台座の上に立たされたモアイも、18世紀の終わりにはほとんどが引き倒されてしまっていたようです。
有名なイースター島のモアイは、全て立っているものと思っていましたが、実際に島に行ってみると、引き倒されたままのモアイがあちこちにあります。

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今台座の上に立っているモアイは、ほとんどが後世になって立て直されたものなのです。

更にこの戦いの他にも、この島には食人の習慣があったり、ペルーによる奴隷狩り、天然痘の蔓延など、悲惨な歴史があったようです。

今はいたって平和な太平洋の小島のイースター島。
皮肉なことに、かつて住民が苦しんだモアイ像のおかげで、今やこの島は世界に誇る観光地です。
ミステリアスで、のんびりとした時間の流れるこの島も、少し歴史を知って歩くと全く違った感慨があります。

これからイースター島に行かれる方は、ぜひ『アク・アク』を読んで行かれることをお勧めします。

[2012/06/07 07:07] | イースター島
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イースターアイランドは、絶海の孤島。
島のほとんどが、国立公園であまり開墾されておらず、野菜を作っている畑が少なくほとんどの物は島外からの輸入品。
よって島の食料品がめちゃくちゃ高いのです。

ある市場では、量り売りがあるのですが、全ての野菜も果物も1kgが約300円程度でした。
それは皮の部分が重たいバナナでも、可食部の多いプラムでも、安い代名詞のじゃがいもも一緒なのです。
驚いたのはキャベツの値段。重たいがゆえに、一個約500円、買う気になれません。

その話を聞いていたので、私たちはリマから食材を持ってきてたのでした。
持ち込んだのは、パスタにスープの元、シーチキンのような缶詰。イースターに1週間滞在して、毎日パスタとスープが主では栄養が偏ってしまいます。

リマではレストランが安く利用でき、毎日のように肉や果物を食べていたので良かったのですが、食にこだわりがあまりない私達でも、さすがにここの食生活が嫌になってきました。


そんなある日、港に行くと他の日本人旅行者が釣りをしていました。
木の棒に糸をくくりつけ、石の重りで針に餌をつけているという、原始的な装備です。

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が、意外に彼らは沢山釣っていました。私達にもこれならできる。新鮮な魚が食べたい。

そう思い、次の日、私達も木の竿を作って出かけました。


アジ・イワシ・スズメダイの一種その他いろんな種類が釣れます。物価が高いイースターでの貴重なタンパク源。美味しくフライにして頂くことができました。

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イースター島の滞在は1週間。初日と3日目に島の観光スポットをほぼ周り、何もすることがなくなっていました。
こんな魚釣りして一見優雅と思いますが、そんな事よりも早く、イースターを出て、この食生活からおさらばしたいと思ってました。


島一番大きいモアイ。作成途中で打ち捨てられていました

一番大きいモアイ


写真の赤丸がそのモアイ。他のと比べると大きさが分かります。高さは21m程。7階建てのビルの大きさに相当。
昔、マンションの5階に住んでいましたが、想像するとそこの窓から見ても、まだこのモアイのアゴしか見えないと思います。そう思うと馬鹿でかいです。
他のモアイがでかくても12m程。このモアイだけ段違いに大きいのです。作業を途中で中断したというよりも、重たすぎで運ぶのが大変苦労すると想像し途中で断念したと言うことも考えられますね。。。


[2012/06/08 00:50] | イースター島
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ご無沙汰です。
こんばんは
ウユニ塩湖で感動して依頼です。(^^)
お元気ですか?

この前、イースター島のモアイは
紐だけでモアイはたったままで移動させていた
と実証実験のテレビをやっていました。
だからうつぶせのモアイもいるのだとか。

世界一周まであと2ヶ月くらいでしょうか・・・
ご安全に楽しんでくださいね。
と大賞は後日・・・(^^;)


陽子
とさん

お久しぶりです☆
原住民の間では、モアイは立ち上がって自分で歩いていったと信じられているとか・・。この話からも、立たせて移動させたというのは信憑性がありそうですね。
あと2ヶ月、無事に乗り切って帰ります!

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イースター島での楽しみ方の一つに洞窟探検と、登山があります。

そもそもイースター島は火山でできた島で、穴が無数に空いた溶岩の固まった凝灰岩がそこら辺にあり、島にはいくつものカルデラが存在します。
島の南西のオロンゴという場所では、観光客にたいしては遺跡で宣伝しているのですが、私達は遺跡よりも完璧に近いカルデラに目を奪われました。

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カルデラの周囲がここまで綺麗に残っており、火口の跡が池になり草も生えてのどかな場所になっているのを初めてみました。
すごいと、ただ感嘆の言葉が漏れるのみです。


溶岩が冷えて岩になる仮定で蒸気が混じったりすると、よく空洞ができ洞窟があるのですが、このイースター島でもたくさんあるそうです。
昔の人は大きさ次第で住居にしたり、倉庫にしたり、緊急の隠れ家にしたりしたそうです。


カルデラの近くで撮った、町の写真。イースター島には町が一つしかなく人口5000人のほとんどがここに住んでいます。

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イースター島ではモアイばかりに目が行きますが、またガイドブックも全く書いていないのですが、洞窟住居もモアイと引けを取らないぐらい重要な意味を持つこの島の歴史だと思います。
危ないし、遺跡保護等のためにあまり観光客に紹介しないのだと思います。
詳しくは陽子が前回紹介した『アクアク』という本を見てください。詳しく書いてあります。

そんな洞窟の中でも観光客に紹介されているのがあり、海に通じる洞窟に行きました。
入り口はこんな感じ。入るのに少ししんどいです。

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出口はこんな感じになっており、本当に海に通じていました。
高さは海面から10m程で、夕日が差し込みます。

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こんな雰囲気のある嘘みたいな場所、これも初めて見ました。古代の人も、この洞窟から夕日を見ていたのでしょうか?
そう思うとロマンチックですね。



また島で一番高いテレバカ山に登れるらしいので、行ってきました。標高は511m。麓から往復3時間。

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頂上付近は草原が広がり馬がのどかに草を食んでいます。
ある山の丘は、雑草が紫色の花を咲かせており、丘全体が紫色に染まっていました。南国の島とは思えない雄大な自然の景色。

おまけのイースター島の楽しみ方として、野良犬に石を見せ、それを投げると石を拾ってきてくれます。
また近くに投げると地面に落とさずにダイレクトにキャッチするので、どれだけ近づけるかやってみました。
すると、わずか15cmぐらいの距離ですぐキャッチします。ここまで近いと犬が顔を動かしたときによだれが飛んで汚いです。
またこんな大きい石も口からはみ出しながら拾ってきます。

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海も山も空も綺麗、遺跡も地底も興味深い。本当に人の興味をくすぐる良い島です。(物価の高さ以外は!!)

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[2012/06/09 00:29] | イースター島
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すなふきん
NYには行くのかな?先日アポロシアターで日本の少女が優勝、逆輸入で芸能界への道が切り開かれた模様!大昔観戦したころは、黒人ばかりだったのに!


陽子
すなふきんさん

アメリカは西部だけで、東には行けません・・。
アメリカ広いですね!そんな大きなアメリカで、日本人の活躍うれしいですね☆最近とんと芸能情報にうとい私達です。

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